基礎科学と社会還元

淡青評論―基礎科学と社会還元」、『学内広報』、東京大学広報委員会、 p.24、 No.199, 2000年10月23日

基礎科学と社会還元

文部省が国立大学の独立行政法人化に向かって一段と踏み出した。大学にはやみくもな効率化は馴染まないものの、自主・自立の組織へ変わる好機かも知れない。少子化や高等教育の大衆化という社会背景の中で、国民の資産である国立大学が知の発信拠点としてのアカウンタビリティーを問われるのも必然といえる。

宇宙とは何か、物質とは何かといった基礎科学のアプローチと成果は個人の人生観や思想まで揺るがすほどに面白いものと思っている。だから基礎科学の研究者となった。外国の素粒子物理の研究所にいた助手時代に一般見学者のガイドをする機会がよくあった。地下100mに建造された一周27kmの加速器と直径10mの鉄と電子回路のお化けのような検出器から生み出される学術的な成果と意義を力説すると、高い確率で「これが何の役に立つのか?」と訊かれた。「電子も昔、基礎物理の研究対象でしたが、今日の電子技術になるまで1世紀を要しました。この研究もいつかは……」と模範解答の後、「“役に立つ”という価値体系と違ったものがあっても良いのではないですか?」と開き直ったこともあった。

しかし、応用科学が“もの”にいかされる場合と同様に、基礎科学という“情報資源”も加工・配信の過程を経てグローバルな価値を獲得できるものだろう。いかに国民の視点で面白い情報コンテンツにまで加工できるかが重要だが、我々研究者にとって研究が余りに面白いものだから、積極的に社会に向こうとしない。それでは本当に国民に愛想をつかされると改心したとしても、情報を面白く分かりやすく加工するには別種の才能と創意努力が必要である。同時に研究自体の国際競争力も厳しく求められている。生産と加工を分業するのも解決策の一つだ。博士課程に進んだ、基礎科学の一次情報を理解できる才能を持った人達の中から、記者、サイエンス・ライター、更には、プロデューサー、CGアーティストなど、マスメディアや情報サービスの分野に多く進出し、様々な表現方法によって基礎科学を面白く分かりやすく伝えてくれればと願う。

もちろん、真に面白い基礎科学の「知」を生産し続けることが前提であることは言うまでもない。

(宇宙線研究所 佐々木真人)