素粒子の飛跡を見張る望遠鏡Ashra

素粒子の飛跡を見張る望遠鏡 Ashra

東京大学宇宙線研究所 佐々木真人

皆さんは望遠鏡というとどんなイメージをお持ちでしょうか?日本が誇る口径8mの巨大光学望遠鏡すばるを思い浮かべるかも知れません。または、宇宙空間に浮かぶハッブル望遠鏡や野辺山にある45m電波望遠鏡などが思いつくでしょうか?実際に星を観測するのが好きな方なら、ご自分の持つ市販の天体望遠鏡かもしれません。

今、私たちはハワイ島のマウナロアという山の中腹、高度3300mの場所に、一風変わった望遠鏡で実験中です(図1)。皆さんがおそらく想像なさった望遠鏡とは違い、星の光や電波をとらえるだけではありません(それもできますが)。遠い宇宙から猛烈な速さで飛来する素粒子が地球の大気や地殻にぶつかって放つ光を写します。私は天体観測の窓を高いエネルギーの素粒子に広げたいと思っています。

 

 

図1:ハワイ島マウナロア山腹で実験中のAshra望遠鏡群。

ガリレオが400年前に凸と凹のレンズを組み合わせた単純な光学望遠鏡で地球以外の天体を探索して以来、光や電磁波を用いた天体観測は、大型化と多波長化の技術的な発展を経て目覚ましい進歩を遂げてきました。しかし、素粒子物理学の観点からは、光や電磁波は電磁力を通じて動き回る電子から放出されます。概してガリレオからつながるこれまでの天文学は天体近傍の電子による電磁力を通じて天体の様子を知る手法だったと言えます。電子の動き方によって放出する電磁波の波長が違うので、電波、赤外、可視光、X線と異なる波長の電磁波で宇宙を見ると様々な状況の電子の動き回り方を見ることになります。熱によってぶるぶる震えるのか、磁界によって進路をぐるぐると曲げられたのか、それとも、より高いエネルギーの光の粒子(光子)で蹴飛ばされたのか、、、などなど。素粒子物理では、自然は4つの基本力で成り立っていると言います。先の電磁力以外に、放射能の元になる崩壊をつかさどる「弱い力」、湯川秀樹が発見したといわれる「強い力」、そして「重力」です。ここで少し考えてみてください。ガリレオからつながる天文学は電磁波を媒介して宇宙を調べてきました。しかし、ビッグバン以来、宇宙は電磁力以外の力を経験してきているはずです。電磁力以外の力が活躍する高エネルギー素粒子現象が宇宙には数多あるに違いありません。ノーベル賞を受賞された小柴先生はわれわれの太陽からも、大マゼラン星雲で起こった超新星爆発からも電磁力によらないニュートリノがやってくることをわれわれに確実な実験結果をもって教えてくれました。しかし、この太陽と大マゼラン星雲の超新星は非常に地球に近い天体です。そして、方向が精度良く定まりません。それは低いエネルギーのニュートリノを捉えているからです。私は非常に高いエネルギーの素粒子を用いることで、もっと遠くの今迄に見たこともない宇宙の姿を本格的な天文学として精度良く見てやろうと思っています。それが、これまで別々の分野であった素粒子物理学と天文学の融合による天体の探索――超高エネルギー素粒子天文学です。幸い、素粒子の性質はこの半世紀の加速器実験によってかなり精密に分かってきました。今まさに超高エネルギー素粒子天文学は創成の期を迎えていると思います。

では、いったい超高エネルギー素粒子を放出する天体とはどんなものか?と聞かれると実はまだ誰も答えられません。ただ、巨大なブラックホールが中心に形成される天体からの猛烈な爆発現象は超高エネルギー素粒子天体の候補ですが誰も確信を持っていません(図2)。ばかも休み休み言え!と叱られるかもしれませんが、科学の最前線の醍醐味はその未知を既知に変えていくことにあります。少し思い返していただきたいのは、たとえば、かつて、竿のようなアンテナを何本も立てて宇宙からやってくる電波をつかまえ始めたジャンスキー。やがて、彼に端を発した電波天文学は、パルサーなど次々と素晴らしい発見を成し遂げていきます。また、ガイガーカウンターをロケットに載せてX線で宇宙を見始めたロッシやジャコーニ。X線観測はブラックホールの動かぬ証拠をつかんで見せます。もう皆さんは私が何を言いたいいかはおわかりでしょう。新たな「望遠鏡」を作って新たなメッセンジャーを写し出して、宇宙を真摯に見始めると宇宙は新たな姿を現してくれるということです。人知は過去の体系です。人知を超えるには虚心坦懐に観測するしかありません。その時、鍵は新たなメッセンジャーを写すことができる新たな望遠鏡を作ることです。

図2:巨大ブラックホールを核とする天体でおこる素粒子反応

私は夜空の一瞬の輝きに新たな宇宙の姿が潜んでいると考えています。その一瞬の輝きの源からは、巨大なエネルギーが光や素粒子として一挙に宇宙空間に放射されます。今まで知られた天体の中では、ガンマ線バースト、軟ガンマ線リピータ、超新星、活動銀河核のフレア現象などが興味深い候補として挙げられます。それらの発見と解明には、全天を隈なく監視し、正確に位置を同定できる検出装置が有望です。しかも、光だけでなく、超高エネルギーガンマ線やニュートリノを観測することによって、発生機構の物理を統合的に理解できます。Ashra(All-sky Survey High Resolution Air-shower detector)はそれを可能にするユニークな全天高精度素粒子望遠鏡なのです。

少しどんな望遠鏡かを説明しましょう。Ashraはハエの目のように複眼です。ひとつの複眼を観測ステーションと呼びます。その複眼を構成するのが12組の個眼に相当する要素望遠鏡です。瞳径1mの各要素望遠鏡の担う視野が42度で、観測ステーション全体では、全天の80%を同時に見張ることができます。その広大な視野を5000万画素の半導体センサーで分解します。1画素あたり1.2分角の分解能になります。この広大な視野は光学天文の分野でもきわめてユニークです。たとえば視野が広いとされるすばる望遠鏡のSuprimeCamで0.5度の視野です(もっとも、すばるの分解能は秒角なので、そこは全く及びませんが)。このような巨大な視野と分角の分解能を両立するためには、光だけでなく、テレビのブラウン管と逆向きのような、電子を用いた静電収束レンズ系(図3)を組み込むことが鍵でした。光と電子の両方の収束効果をうまく用いることで、圧倒的な集光力を実現したと言えます。42度の超広視野から来た光を1mの瞳を通して2mの反射鏡で受け、最終的には2.5センチメートルの半導体センサーの表面にまで精度良く像を運ぶことができるのです。

しかし、これだけでは、満天の星空を常時観測して閃光があったかどうかのチェックはできますが(これだけでも画期的です。)、素粒子の飛跡は撮像できません。なぜなら、素粒子が放つ光はそれこそほんの一瞬で消え去り、また、いつどこからやってくるか分らないからです。そこで、この望遠鏡の撮像読み出しをつかさどるイメージパイプラインという装置も開発しました。直径2.5センチメートルにまで縮小された光の像を、分解能を落とさずに複数のセンサーに分配し、高速のセンサーが素粒子の飛跡の特徴を見つけ出します。そして、見つかったときだけ、別のセンサーの一部のシャッターを開きます。シャッターといってもメカニカルシャッターではなく、新たに開発したCMOS半導体センサー内での電子制御です。ケーブル長による遅延も含め100ナノ秒(1,000万分の1秒)以内に判定して露光開始が可能です。業界用語では銃の引き金を引くと同様の意味で「トリガー」と言います。素粒子の飛跡を自律的に判定してトリガーを作り、そのトリガーに同期して撮像センサーが露光と読み出しを開始終了します。この装置によって、いつどこから来るかもしれない一瞬の素粒子現象を逃さず高感度に写真に撮ることができるのです。全天監視、高精度、高感度、かつ、素粒子撮像という画期的な性能をもつ新たな望遠鏡Ashraを、これらの新技術がしっかりと支えているのです。

図3:20インチ静電収束レンズ系(左)と表面に張り付けたAshra-1ロゴの出力像(右)

ビッグバン以降130億年余りの宇宙の歴史の中で、人類が現れ出てほんの数100万年にすぎません。はじめに述べたように人類が望遠鏡で天体を調べ始めてたった400年です。宇宙の長い歴史に比べ、ほんの一瞬とも言えるその間に人類は宇宙の様々な現象、ひいてはその開闢の謎に迫ろうとしています。その強靭な知的興味とすさまじい努力の連鎖には深く感服させられます。実験科学者は、未知の自然の発見や解明といった夢のために地上の「現実」と格闘し苦悩する人間です。その現実とは、技術だけではなく、往々にして資金や人力の壁であったりします。夢の実現の前には、まさしく壁の連続です。あの手この手を尽くしながら壁をひとつずつ越えてゆきます。超高エネルギー素粒子天文学の創成という私の夢が、いつの日か人類共通の夢、ひいては、われわれのすべてを生み出した宇宙への人類共通の理解や感動へとつながっていくことを願ってやみません。

(佐々木真人, “素粒子の飛跡を見張る望遠鏡Ashra,” 2007. 証券奨学同友会会報, 2007, 20-25.)